2006年03月17日

Neue Wache

neue_wache.jpg


ほんとに空虚な空間であった。


元々は、ドイツ帝政時の兵士の詰所である建物であり、
戦没者の顕彰施設などに利用など、政治的な紆余曲折を経て、
93年に、戦争と暴力支配の犠牲者のための中央追悼施設となった。

建物は中に何もない箱形で、天井中央に円形の穴、そしてその下に、
ケーテ・コルヴィッツ作「亡き息子を抱きながら悲しむ母」の複製が置いてある。

この空虚さは何とも言えない。

あたかも、戦争のむなしさを現しているかのように、むなしい空間である。
公共の追悼施設と聞いて、想像していた規模とは正反対だったので驚いた。
僕は、開放された敷地があり、中心に記念碑がありというものを想像していた。

しかし、現在の意義を思うと、とっても嬉しい驚きだった。

戦争の追悼や顕彰などの施設で、僕が行った事のあるものには、常に荘厳さがあった。
しかし、そのテンプレートのような荘厳さは、今、日本で戦争を身近に感じれない僕にとっては、言葉は悪いが、体裁だけは振る舞うものであり、考えるきっかけにはなり得なかった。

要は、その場が戦争を語る何らかの生々しさが感じれなかったのだ。

僕のような、敷地に記念碑というテンプレートに慣れた人間にとって、
都市の真ん中にポツンと佇むノイエ・ヴァッへは非常に印象的だった。

構造や空間で、戦争の空虚さを感じれたノイエ・ヴァッへを見に行けて良かった。
それがもし、実際には僕の読んだ意図と異なっていても。

01:34 | 近代国家の旅 | comment (0) | trackback (0)

2006年03月15日

愛知懸護國神社

aichi_gokoku01.jpg

名古屋市中区三の丸1-7-3

最後の一月となった東海生活なので、

今日は名古屋にある護國神社に行ってきた。

護國神社というのは、その県の戦没者を「英霊」として「顕彰」する神社である。

僕はその施設を参拝するでもなく、ただ、その場を体験しにいく。

敷地内には、本殿の他に戦後に建てられたであろう慰霊、記念碑も併置されていた。

その多くは、勇ましさを感じさせるものが多いのだが、

献水像というものだけは、その部隊の末を感じさせる記述がしてあった。

国家神道を通した富国強兵策の為の一施設だった護國神社内に

大戦の後、生々しい記述の刻まれた慰霊碑が併置された事に、

なんともいえない生々しさを感じた。

立派な神殿に抽象的に祀られる本殿と異なり、

悲惨さを少しでも感じる事ができる献水像の記述。

本音と建前と言えば割り切り過ぎなのかもしれないけれど、

また戦争には、それ以上に複雑な要素が絡み合うけれど、

やはり輝かしい顕彰は争いで起こる悲しい結果を隠すためだと如実に思えるのだ。


入り口の石柱


太玉柱

終戦50年を記念し、本神社に祀られている神霊に感謝の意を込めた玉串として杉の木を建てたとの事。


神門内


神門の看板


本殿

公式ページ

01:58 | 近代国家の旅 | comment (0)

2006年03月13日

岐阜護国神社

gifu_gokoku01.jpg

岐阜市御手洗393番地

岐阜にある三つの護国神社の一つ。

僕が何故、護国神社などに興味を持つというと、
近代国家というシステムをつくる為に、
神の概念まで持ち出して国家が行おうとしたこと、
その背景や動機、目的が知りたいからだ。

好戦的でとてつもなく冷酷に聞こえるかもしれない。

だが、狙いは全く逆であって、
信じるということを通して国家が行ったことを、
今の時代に俯瞰する事で、何かを学べる気がしたのだ。

結局は暴力の連鎖を生み、不幸しか残らないものを捉えるには、
個々がそれぞれの視点で考え、意見を持つべきだと思う。

護国神社は僕なりのアプローチであり、思考のきっかけなのである。



直接的な英霊への勧めが歌に表されている。


非常に立派。


何の為の場所なのかわからないが、不思議な空間。

22:36 | 近代国家の旅 | comment (0)

2006年02月22日

無名戦士の墓と、恒久の平和を願う場所とは?

追悼施設、6月に中間報告

近代国家には、国それぞれの無名戦士の墓がある。

その場所は、歴史に左右されながら、様々な姿で現在も残っている。

我が国の靖国も、時代と共に意義やあり方が問われ始めている。

自分の国を俯瞰するために、他国の例は非常に気になるところだった。

2月頭にドイツ、ベルリンに滞在した。

観光する時間はなかったのだが、ノイエ・ヴァッヘだけには時間を割いて行った。

状況は違えど、同盟国で、同じく敗戦国のドイツは各国の中でも特に興味があった。

この場所を訪れて、一つ感じることがあり僕は本当に良かったと思った。

そのことは、リサーチもあり、後のエントリーで詳しく書こうと思っている。

お楽しみに♪

02:39 | 近代国家の旅 | comment (0)

2006年02月19日

MUNICH

メモ

・悲願であった母国を護る為に、母国を捨てなければならない矛盾。

・報復合戦は、イデオロギーを超えた犠牲を生む。

・殺すのも、殺されるのも人間。

・この問題は過去ではなく現状を示唆する。

ーーー

・実は映画は事実を表していない。

・イスラエル選手はドイツの狙撃手により命を落とした。

・モサドは無関係なPLO関係者の暗殺を行っていた。

・結局は、負の悪循環。


「ミュンヘン」公式サイト

01:34 | 近代国家の旅 近代国家の旅 | comment (0)

MUNICH

メモ

・悲願であった母国を護る為に、母国を捨てなければならない矛盾。

・報復合戦は、イデオロギーを超えた犠牲を生む。

・殺すのも、殺されるのも人間。

・この問題は過去ではなく現状を示唆する。

ーーー

・実は映画は事実を表していない。

・イスラエル選手はドイツの狙撃手により命を落とした。

・モサドは無関係なPLO関係者の暗殺を行っていた。

・結局は、負の悪循環。


「ミュンヘン」公式サイト

01:34 | 近代国家の旅 近代国家の旅 | comment (0)

2005年11月10日

アインシュタインの言葉

einstein.jpg

近代日本の発展ほど世界を驚かせたものはない。
一系の天皇を戴いていることが今日の日本をあらしめたのである。
私はこのような尊い国が世界に一ヶ所ぐらいなくてはならないと考えていた。
世界の未来は進むだけ進み、その間幾度か争いは繰り返されて、
最後の戦いに疲れる時が来る。
その時人類は、まことの平和を求めて、世界的な盟主をあげなければならない。
この世界の盟主なるものは、武力や金力ではなく、
あらゆる国の歴史を抜きこえた最も古くてまた尊い家柄でなくてはならぬ。
世界の文化はアジアに始まって、アジアに帰る。
それにはアジアの高峰、日本に立ち戻らねばならない。
われわれは神に感謝する。
われわれに日本という尊い国をつくっておいてくれたことを。

22:24 | 近代国家の旅 | comment (0)

2005年09月04日

金色の雲は宿った。

タイトルは1944年のチェチェン人の強制移住を扱った劇映画です。

強制移住は民族意識の高揚、宗教対立により多民族のソ連が崩壊してしまうことを恐れたスターリンによる政策です。国家間の境界線を引き直すことや、民族を混在させることで、民族意識を押さえようとしました。理由はいわれなきソ連への裏切り(対独協力容疑)により行われました。この映画ではチェチェン人がいなくなった後のコーカサス地方が舞台ですが、同じ理由で朝鮮人、イングーシ人、カラチャイ人、カルムイク人、バルカル人、クリミア・タタール人、トルコ・メスへティヤ人、ヴォルガ・ドイツ人、ユダヤ人なども、強制移住をさせられています。

この映画は争いの終わらないコーカサス地方へロシア人孤児が送られ必死に生きていく話です。主人公の兄弟はチェチェン人のいなくなった村で、間近に砲撃音を聞きながら、たくましく生きます。そして強制移住に抵抗し山に隠ったチェチェン人とロシア軍との戦いに巻き込まれ兄は命を失います。弟は、ふとしたきっかけで知り合ったチェチェン人の男の子をロシア兵から匿ったり、またチェチェン人に殺されかけるのを男の子に助けられたりします。亡き兄の名前で男の子を呼び、匿い、そして義兄弟の契りを結び、助け合いながら生きていきます。しかし、義兄弟は過酷な現実を受け入れざるを得ませんでした。明らかに見た目に人種の違うこのロシア人とチェチェン人の兄弟は最後、引き離され、不穏な終わり方で映画は幕を閉じます。今でも続いているチェチェンの問題を暗に示すようでもありました。

この映画は、見た後にチェチェン、コーカサスの文化を調べると、象徴的なシーンの意味がよくわかってきます。以下、チェチェン、またロシア関連の情報が載っているサイトをあげました。他にもお勧めがあれば、是非コメントに書き込んでもらえると嬉しいです。

---
金色の雲は宿った (goo)
コーカサスの金色の雲 (映画の原作)
  ソ連時代は発禁になるも、コピーで出回っていた小説。

日本カフカスクラブ
  われらの心に宿る「無関心の闇」について
チェチェン総合情報
コーカサス地方の地図

ユーラシア新世紀

16:20 | 近代国家の旅 近代国家の旅 | comment (0)

金色の雲は宿った。

タイトルは1944年のチェチェン人の強制移住を扱った劇映画です。

強制移住は民族意識の高揚、宗教対立により多民族のソ連が崩壊してしまうことを恐れたスターリンによる政策です。国家間の境界線を引き直すことや、民族を混在させることで、民族意識を押さえようとしました。理由はいわれなきソ連への裏切り(対独協力容疑)により行われました。この映画ではチェチェン人がいなくなった後のコーカサス地方が舞台ですが、同じ理由で朝鮮人、イングーシ人、カラチャイ人、カルムイク人、バルカル人、クリミア・タタール人、トルコ・メスへティヤ人、ヴォルガ・ドイツ人、ユダヤ人なども、強制移住をさせられています。

この映画は争いの終わらないコーカサス地方へロシア人孤児が送られ必死に生きていく話です。主人公の兄弟はチェチェン人のいなくなった村で、間近に砲撃音を聞きながら、たくましく生きます。そして強制移住に抵抗し山に隠ったチェチェン人とロシア軍との戦いに巻き込まれ兄は命を失います。弟は、ふとしたきっかけで知り合ったチェチェン人の男の子をロシア兵から匿ったり、またチェチェン人に殺されかけるのを男の子に助けられたりします。亡き兄の名前で男の子を呼び、匿い、そして義兄弟の契りを結び、助け合いながら生きていきます。しかし、義兄弟は過酷な現実を受け入れざるを得ませんでした。明らかに見た目に人種の違うこのロシア人とチェチェン人の兄弟は最後、引き離され、不穏な終わり方で映画は幕を閉じます。今でも続いているチェチェンの問題を暗に示すようでもありました。

この映画は、見た後にチェチェン、コーカサスの文化を調べると、象徴的なシーンの意味がよくわかってきます。以下、チェチェン、またロシア関連の情報が載っているサイトをあげました。他にもお勧めがあれば、是非コメントに書き込んでもらえると嬉しいです。

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金色の雲は宿った (goo)
コーカサスの金色の雲 (映画の原作)
  ソ連時代は発禁になるも、コピーで出回っていた小説。

日本カフカスクラブ
  われらの心に宿る「無関心の闇」について
チェチェン総合情報
コーカサス地方の地図

ユーラシア新世紀

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2005年08月23日

ヒトラー 〜最期の12日間〜

約150分、延々と重苦しいシーンが続くこの映画を見て僕は安心した。
ドイツの敗戦が決定的にみえ、自殺直前12日間のヒトラーを中心にナチスの壊滅を描いたこの作品である。

側近達へのヒステリーな面、またエヴァ・ブラウンや秘書に見せる優しい一面など、普通な人間の一面が見えるように描かれている。将校たちも、動揺や離反など、極限状態で見える人間の素が描かれている。第二次大戦、ユダヤ虐殺など、ドイツを戦争に導いた悪の独裁者ヒトラーのナチス党がである。あまりにも人らしいこのことには賛否両論があるらしいけれど。

今から、その安心の訳を書こうと思う。

日本においても、ヒトラーやナチズムと同じように戦争の原因を軍部が日本を乗っ取り、侵略戦争に導いたというように言われる。善良な国民を騙し戦争に邁進した悪の根源だと。

もし本当に、これらの人の為で戦争が起こったなら、既にヒトラーや日本の戦犯がいない今、もう戦争は起こりようがないと、日本においては戦争放棄を唱った憲法9条もあることだし、戦争は完全に過去のものだと思ってしまう。こう思うことが非常に怖いのだ。現実に自衛隊という名の軍隊を持っていて自衛名義とはいえ戦力は保持している。改憲への動きも見える。

戦争を見返す時に、悪の根源の具現化のような人がいて、そのおかげで戦争が起きたと決めることは、分かりやすいけれども逆に多くのことを見落とすことになると思う。戦争とは、後の勝敗は関係なくどの国においても自衛の名目で行われる外交の最終手段だと思う。当時の国内外の政治的状況、国際慣習など様々な条件を丁寧に読み解くこともしないで、好戦的な悪の根源が導いたという程度の理解は、ある程度の時間を経たら、気づかぬうちにまた同じことを繰り返してしまいそうな気がするのだ。

後に狂気と言われるようなことでも、当時その場所にいれば普通なことはいくらだってあると思う。徐々に国が危ない方向にいってしまうことも多々あると思うのだ。後に悪の根源と言われる人を、それ以前に、どう批判的に捉えることが出来るのか?すでにいないヒトラー、東条、ナチズム、軍国主義は悪だったという名前のついたラベルだけ知るような知識は何の役には立たないと思うのだ。だとしたら戦争自体を避けるべきことだと認識し、現状を自分の視点で見て意見を持つ以外には方法はないと思う。

そんな単純な論法に疑問を感じていた自分は、この映画がヒトラーを普通の人間として描いていることに、また終戦後、規制が多かったと思われるドイツでこの映画が出来たことに、安心感を覚えたのだ。歴史的に象徴的に具現化された狂気といえど、弱々しく描かれる人物像から、ヒトラーでさえ普通の人間であるということを示す映画だと僕には捉えられた。史実を基にはしているが、所詮映画であり、表現である。正確、不正確とかいうのではなく、表現であるからこそ、そう描く意思を感じれた。60年経った今、このようにヒトラーをドイツ人自身が描くことは戦争を冷静に見つめ直そうという意思に感じられた。何故ナチズムが生まれたのか?と。

ヒトラーは悪くなかった、当時のドイツがそうさせたのだというつもりはない。恐ろしいことが起こったと思う。ただ、あのヒトラー達を台頭させた原因や素地が必ずあるはずだし、他にも当時のドイツやヨーロッパの状況を調べることも重要だと思う。

世に言われるような狂気や悪の根源を具現化したようなものなど、ないと思うのだ。それはつくられたイメージであったり、また日常の中に潜んでいるある状況での一面だと思うのだ。

---
上記の記事の最後の段落は、同監督の前作「es」を見ると、よくわかるかもしれない。

1971年スタンフォード大学で実際に行われた心理学の実験を題材にしたこの映画は普通のありふれた人間が置かれた状況で狂気にまみれていく様を描いた作品である。

公募で集められた人達を、看守役、囚人役に分け、与えられたルールに基づいて疑似監獄シュミレーションを行うのである。実際には7日目に中止されたこの実験を描いた映画は、人間がいとも簡単に変わりゆく様子を恐ろしい程の生々しさで描いている。

お勧めです。

04:07 | cinema 近代国家の旅 | comment (2)

2005年08月17日

よい子の終戦記念日

yasukuni.jpg


11:30 営団九段下駅1番出口集合。

11:45 靖国神社まで徒歩で移動。

12:00 本殿を前に1分間の黙祷、を見学。その他、色々な方々を見学。

12:30 遊就館見学。

14:00 共栄堂にて昼食。

15:00 レインボー通商見学。

    自由行動

19:00 ア ヤ   ズ エキシビション
    バ  ング  ント展

    大友良英, Sachiko M, 石川高による君が代、微塵もなく解体コンサート。

21:00 映画、日本国憲法を鑑賞。

22:30 解散。

---
この後、飲み会やカラオケで反戦歌「自衛隊に入ろう」を歌うとなお良し。

僕ら20代の間では、靖国だとか、戦争責任だとかの話題は皆無である。そんな過去から派生した今の問題、また現在、日本が直面し振る舞うべき理想の姿についても何ら話題には上らない。なぜなら、そのような話題を提供するはずのメディアで語られる短いニュースでさえ、僕は文脈がわからないのだ。要は誰が何を、どういう意図で起こす/起こされているのか理解できないこともある。ニュースの日本語はわかるが、その意図はわかりかねるのだ。例えば中国の潜水艦が領海を侵犯した。この出来事はわかるけれど、これが一体、今の日本と中国のどのような関係を示しているのかがわからないのだ。これは少しマズいんではないかと思った。僕らが自分の頭でこれらのニュースを考えられないことが。何いってるかわからないけど、とりあえず、めんどくさいから...という風になるのがマズいと。から...の後は、各個人の問題だから色々あるとしても、決してポジティブな姿勢や意見、行動は生まれないと思う。また、何も考えないということはメディアから流される、わかりやすい物語を鵜呑みにしてしまう危険性があると思ったのだ。

そんな現在の問題について、きっかけである過去を教えるはずの日本史の授業では、2000年程度を簡単に流すだけで、なんら未来に向かって思考を始めるきっかけも示さなかった。言葉や年号だけを覚えるよりも、今に通じる日本の変遷と日本と諸外国の関係、状況などの考察が重要だと思う。なんとか戦争が何年に起こりました。ではなくてね。

今に通じるといったが、現在、日本は世界の色々な国と関係している。アメリカと同盟国であり、お隣には韓国、北朝鮮、ロシア、中国など。エネルギーは中東などから、他にもたくさんの関係がある。このような世界の中での日本という意識や、位置になったのは、僕は実質、明治以降だと思っている。もちろん、それ以前にも貿易や交流はあったが、基本的に日本は鎖国をしていた。僕の興味はここにあるのだ。大きく見て、今の日本と似たような姿をとり始めた最初の形が明治政府のつくった日本だと思った。今の日本につながっている部分や変わっていった部分が多く見える。今の日本を知りたいのなら、一つの原点はここだと思ったのだ。

それならば、僕は疑惑、謎の多い歴史の事柄について、自分なりに調べようと思った。幸い、日本では言論の自由が唱われているので、色々な本が出ている。自分のアンテナで疑問を一つづつ解決していこうと思った。問題は芋づる式で、それは深く広く埋まっている。

靖国でも南京事件でもいい、明治以降、近代国家日本のことを色々調べてみると、なかなか歴史の出来事をのみ込めないのだ。一つの事柄について、複数のしかも確証のない意見が続出することもある。政治的にうまく立場に寄って言い方を変えていると思うものもある。また、捉え方の問題だと思えるものもある。歴史は立場に寄って意図的につくるものであると実感した。これはやはり自分で確かめないとダメなのである。

「近代日本の旅」をすると以前の記事で書いた。そのような意図の下、座学だけでなく、今、関連する場所に実際に行ったり、色々なものを見聞きすることで、僕の世代が今の時代に感じる歴史や日本の問題について考えるきっかけにしようとしているのである。


00:33 | 近代国家の旅 | comment (0)

2005年07月18日

1500歳

usuzumi.jpg

根尾、うすずみ桜。

僕はこの樹が政治的なイデオロギーに使われたかなと勘ぐっていったのだが、
そのような記述は看板にはなかった。

19:37 | 近代国家の旅 ! | comment (0)

2005年06月19日

濃飛護国神社

 

岐阜県大垣市郭町2-55

護国神社というのは、その県の戦没者を「英霊」として「顕彰」する神社である。
軍隊を持つ近代国家には、なくてはならないシステムだと思います。

今は護国神社がどんな意味を持つのかわかりませんが。

靖国とまったく同じ歴史観と機能を持っている(た?)神社だと思います。
石碑文には、まさにそのように書かれています。
レトリックが一緒です。

個人的には「桜」「華」「咲く」「散る」という言葉の政治的な使い方に一番興味があります。

不思議なことに一県に基本的には一つの護国神社が岐阜には何故か3つも存在する。岐阜県には他に飛騨護国神社、岐阜護国神社があります。兵庫県に2つと北海道のように広い道に複数存在する県道もあるのですが、岐阜県に3つもあることは何か理由や意図が何かあるような気がします。護国神社は政治的要素が強いものなのでなおさら感じるのです。また神奈川は軍人のみを祀る護国神社でなく、一般の戦争被害社も慰霊する施設がある県です。

 

左:
「招魂社」を1939年に内務省令により「護国神社」に改称されたとのこと。
靖国も創建時(1869年)は東京招魂社。

右:
このシャケの看板は神社近くにありました。

メッセージと全く関係ない「交通安全」と言う文字、そして「シャケ」のイコン、
そしてこの場所にあるということの居心地の悪さがなんとも言えません。

どんなメッセージでも言いたいことを言って、
体裁で標語載せれば正当な看板になるだろう、という思考回路は恐るべしです。

18:58 | 近代国家の旅 | comment (2)

2005年05月28日

朝鮮飴

なる熊本のお菓子を、ふとした機会にいただきました。

甘さひかえめで、柔らかい飴です。
まぶしてある片栗粉がまた食感を変えてくれます。

こういった名前には無性に反応してしまうよ。

23:48 | 近代国家の旅 | comment (0)

2005年04月03日

暗殺

アスラン・マスハドフ
Maskhadov, Aslan

チェチェン共和国大統領。

1951-2005.03.08

r.i.p.

ーーー
ロシアによるチェチェン共和国大統領の暗殺。

つい、3月は忙しく、ニュースをチェックを怠っていました。
こんなことが起きていたなんて、今とても驚いています。

ロシアは、もしチェチェン問題を解決するなら、強攻策でも、
まず殺す相手は穏健派のマスハドフでなくバサーエフだろうに。

表には出ないが何かが見えるこの暗殺。
非常に残念。

04:20 | world 近代国家の旅 | comment (0)

2005年01月07日

ウクライナ

コーカサス安定化作戦
ウクライナ民主主義の戦いの嘘
ユーラシア新世紀
ウクライナ選挙をアチラ側からのぞいてみると
ユシチェンコ氏支援グループ 米投資家・ソロス氏介在か

00:24 | 近代国家の旅 | comment (0)

2004年11月30日

悪い寿司にあたると...

こうなるのだ。。

10:25 | 近代国家の旅 | comment (0)